{"title":"特集3","description":"\u003cp\u003e本特集「オタク文化論三部作」は、オタク文化を完成された文化として評価するためのものではありません。むしろ、1980年代から90年代にかけて「オタク」と呼ばれた人々が、どのような社会状況のなかで生まれ、どのような形で居場所を見つけ、やがて文化として定着していったのか。その過程を、当時の言葉で書かれた本を通して追体験してみようという試みです。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1980年代、日本社会は高度消費社会へと移行し、家族のあり方や親子関係は大きく変質していきました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e父権を中心とした近代的な家族モデルは揺らぎ、子どもから大人へと移行する通過儀礼も、どこか機能不全のような状態に陥っていきます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eそうした状況のなかで、特定の分野に強い関心と興味をもち深く没頭する人々が社会現象として取り上げられるようになります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eとりわけ、マンガ、アニメ、ゲームといったメディア空間は、若者たちにとって一種の「緊急避難の場」として機能するようになります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e一作目として取り上げる『オタク本』は、まさにその段階――オタク文化がまだ文化として安定する以前の、切実さと不安定さを色濃く帯びた時代を記録した本です。80年代の空気感を読書を通して体験し、「こんなのあった、あった」「80年代って、こんな時代だったんだ」と当時の世界観に浸っていただければ、それだけでも十分に意味があると思います。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e続く『Mの世代』が描き出すのは、その「緊急避難」が社会的に可視化される過程です。幼女連続殺人事件を契機として、メディアはオタクという存在を一挙に表舞台へ引きずり出しました。しかし本書が問うているのは、事件の異常性そのものではありません。なぜその時代に、メディア空間へと強く引き寄せられる若者たちが生まれたのか。ここでは、オタク文化と社会構造との関係が、かなり強い形で浮かび上がってきます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eそして三冊目の『定本 物語消費論』は、大塚英志氏による著作です。本書はオタク文化そのものを直接論じるというよりも、「大きな物語」が崩れ去った時代において、人々がどのように物語に関わるようになったのかを考察したものです。たとえばビックリマンチョコのような現象を通して、人々が単なる消費者としてではなく、物語のプレイヤーとして参加するようになった時代の特徴が描かれます。同時に、マーケットの側もまた、大きな世界観や物語を背景とした商品やサービスを作り出していきます。本書もまた、90年代という時代を追体験する感覚で、あまり難しく考えすぎずに読んでみると、自分自身の記憶や体験と重なってくる部分が見えてくるかもしれません。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこの三部作を貫いているもう一つの軸は、中森明夫氏と大塚英志氏の関係です。中森氏は「オタク」という言葉を命名した人物として知られていますが、大塚氏は当初からその言葉に強い違和感を示し、それは差別的なニュアンスを含む言葉ではないかと批判しました。このことをきっかけに、二人の距離は一時的に離れていきます。しかし幼女連続殺人事件の後、この問題について改めて向き合うべく、やがて対談という形で再び議論の場に立つことになります。その再会の場となったのが『Mの世代』です。本書では、二人のあいだで非常に熱い議論が交わされており、当時の知的な緊張感も感じ取ることができます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e本三部作は、オタク文化の終着点を示すものではありません。ここで扱っているのは、草創期から定着期へと至るまでの過程です。その後、オタク文化がサブカルチャーの枠を超えて社会全体へ浸透していく流れについては、また別の問いとして残されています。だからこそ、この時期を振り返り、そのルーツを可視化することには大きな意味があります。オタク文化を理解することは、同時代の社会や人間のあり方を理解することにもつながるからです。本特集では、その入口として、この三冊を並べてみました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cspan\u003e50\u003c\/span\u003e代の私自身、この三冊を読みながら、\u003cspan\u003e80\u003c\/span\u003e年代から\u003cspan\u003e90\u003c\/span\u003e年代という時代を改めて追体験するような感覚を持ちました。もし同じ世代の方が手に取られたら、それぞれの記憶と重ねながら読んでいただけるのではないかと思います。\u003c\/p\u003e","products":[{"product_id":"定本-物語消費論-大塚英司-2001年刊-みんなの教科書屋さん","title":"定本　物語消費論　　大塚英司　2001年刊","description":"\u003cp\u003e\u003cspan style=\"text-decoration: underline; color: #ff2a00;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e店長おすすめ本\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cstrong\u003e消費とは、欲望ではなく“意味”を求める行為なのかもしれない。\u003c\/strong\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e『定本 物語消費論』は、\u003cwbr\u003eオタクという文化の枠を大きく越えた位置から書かれた本です。\u003cwbr\u003e前作『Mの世代』との接続で読むならば、大塚英志氏の視点は、\u003cwbr\u003eすでに「家族」や「社会的通過儀礼」\u003cwbr\u003eを再構築することが可能なのかという問いそのものを疑い始めてい\u003cwbr\u003eるようにも見えます。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e本書はタイトルの通り、「物語を消費する」\u003cwbr\u003eという現象について考察した本です。\u003cwbr\u003eビックリマンチョコのブームやディズニーランドといった事例を通\u003cwbr\u003eして、\u003cwbr\u003e90年代に現れ始めた新しい消費のあり方を読み解こうとしていま\u003cwbr\u003eす。そこでは、人々が単に商品を消費するのではなく、\u003cwbr\u003eその背後にある世界観や物語に参加する形で消費するという特徴が\u003cwbr\u003e浮かび上がってきます。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e読んでいて感じたのは、人間という存在は常に「物語」\u003cwbr\u003eを求めてしまうものなのだということです。物語とは、\u003cwbr\u003eある種の理想や希望を信じさせてくれるものであり、\u003cwbr\u003e同時に自分自身を肯定させてくれる装置でもあるのかもしれません\u003cwbr\u003e。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e父権の弱体化による家族の揺らぎは、単なる崩壊ではなく、\u003cwbr\u003e新しい家族の形を模索する過程でもあったのだと思います。\u003cwbr\u003eさらに90年代以降、日本社会は長期不況へと入り、いわゆる「\u003cwbr\u003e成長神話」のようなものは徐々に力を失っていきます。\u003cwbr\u003eそうした時代のなかで、人々は身近な場所に小さな物語を見つけ、\u003cwbr\u003eそこに一時的にでも没入することを求めるようになったのではない\u003cwbr\u003eでしょうか。そしてマーケットは、\u003cwbr\u003eその欲望を巧みに取り込みながら、\u003cwbr\u003e物語を伴った商品やサービスを次々に生み出していきます。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003eその結果、かつて「オタク」\u003cwbr\u003eと呼ばれていたような一部の人々だけではなく、\u003cwbr\u003eさまざまな趣味や関心を持つ人たちが、\u003cwbr\u003eそれぞれに没入できる世界を求め始めた時代が90年代だったので\u003cwbr\u003eはないかと思います。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e私の記憶でも、80年代と比べると90年代は、\u003cwbr\u003e日本がどこか失速し始めているような空気を感じる時代でした。\u003cwbr\u003e一方でWindows95の登場によってインターネットが普及し\u003cwbr\u003e始め、\u003cwbr\u003eオタクやサブカルチャーと呼ばれる人たちのコミュニケーションは\u003cwbr\u003e、メディア空間のなかでより活発になっていきます。\u003cwbr\u003eそうした変化のなかで、\u003cwbr\u003eオタクという言葉が持っていたネガティブなイメージや、\u003cwbr\u003eそもそもその言葉で特別に名指す必要そのものも、\u003cwbr\u003e次第に薄れていった時代だったのではないかと思います。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e \u003c\/p\u003e\n\u003cdiv class=\"gs\"\u003e\n\u003cdiv class=\"\"\u003e\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"minnanokyoukasyo","offers":[{"title":"非常に良い","offer_id":51701070070043,"sku":null,"price":600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0966\/2064\/2587\/files\/IMG_2961_1.jpg?v=1772781393"},{"product_id":"mの時代-太田出版-1989年刊-みんなの教科書屋さん","title":"Mの時代　　太田出版　　1989年刊","description":"\u003cp\u003e\u003cspan style=\"text-decoration: underline; color: #ff2a00;\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e店長おすすめ本\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e80オタク時代文化を『Mの世代』はどう見たか\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003e『Mの世代』は、オタク文化論三部作の二冊目として、\u003cwbr\u003e1980年代末という転換期の日本社会を、\u003cwbr\u003eより深い射程から捉え直そうとする対談集です。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e一冊目の『おたくの本』が、\u003cwbr\u003e特定の対象に強い関心を寄せる人々の文化的輪郭を描いた本だとす\u003cwbr\u003eれば、本書は、\u003cwbr\u003eそのオタクたちが生きていた時代そのものを問い返します。\u003cwbr\u003e中心に据えられているのは、\u003cwbr\u003e幼女連続殺人事件として社会を震撼させた宮崎勤事件ですが、\u003cwbr\u003e本書の関心は、\u003cwbr\u003e事件をどのように報じたかというメディア批判そのものよりも、\u003cwbr\u003e宮崎勤、そして同時代の若者たちが、\u003cwbr\u003eなぜメディアを居場所として必要としたのかという点に置かれてい\u003cwbr\u003eます。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e高度消費社会の進行により、子どもが早く大人（労働力）\u003cwbr\u003eになる必然性は薄れ、\u003cwbr\u003e強い父権を中心とした家族のあり方は揺らいでいきました。(個人的には強い父権が弱くなることは悪いことではないと思います。むしろ、家庭内での父親の「所在なさ」が顕著になった時期ではないかと思います)、かつて子どもから大人へと移行する装置として機能していた通過儀\u003cwbr\u003e礼は機能不全に陥り、若者たちは確かな出口を見失っていきます。\u003cwbr\u003eそうしたなかで、テレビ、ビデオ、雑誌、\u003cwbr\u003eゲームといったメディア空間は、\u003cwbr\u003e居場所の代替装置として機能するようになります。\u003cwbr\u003eしかしそこには、規範としての父権も、\u003cwbr\u003e無条件に包み込む母性的な保護も存在していません。本書は、\u003cwbr\u003eこの宙吊りの状態を、逸脱や病理としてではなく、\u003cwbr\u003e時代が生み出した必然として言語化しようと試みています。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e対談の後半では、家族のあり方が大きな論点となります。\u003cwbr\u003e大塚英志は、\u003cwbr\u003e天皇家に象徴されるような超越的な父権の再構築に一定の可能性を\u003cwbr\u003e見出そうとし、一方で中森明夫は、すでに父権は崩壊しており、\u003cwbr\u003eその前提に立つべきだと主張します。\u003cwbr\u003e両者の見解は最後まで交わることはありませんが、\u003cwbr\u003eそのすれ違いこそが重要です。血縁に基づく家族や通過儀礼、\u003cwbr\u003e権威の所在を、これからの社会はいかに持ち得るのか。\u003cwbr\u003e本書は明確な答えを示すことなく、その問いを90年代以降、\u003cwbr\u003eそして現在へと投げ返しています。『Mの世代』は、\u003cwbr\u003eオタク文化という枠を越えて、\u003cwbr\u003e私たちが生きる社会の基盤を問い直す、\u003cwbr\u003eきわめて重要な問題提起の書です。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e私自身、少年期から思春期を80年代に過ごしました。\u003cwbr\u003e当時の中学校は、暴力やいじめ、\u003cwbr\u003e学級崩壊などでかなり荒れていた記憶があります。\u003cwbr\u003e最近ではドラマ『不適切にもほどがある！』\u003cwbr\u003eが話題になりましたが、あの時代はまさに昭和の終わり、\u003cwbr\u003e昭和的価値観の行き詰まりや見直しが始まった時期でもあったよう\u003cwbr\u003eに思います。振り返ってみると、不安と混乱が入り混じった時代―\u003cwbr\u003e―それが私にとっての80年代の記憶です。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e80年代の空気を追体験できる一冊です。\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-end=\"915\" data-start=\"732\"\u003e \u003c\/p\u003e","brand":"minnanokyoukasyo","offers":[{"title":"非常に良い","offer_id":51801988989211,"sku":null,"price":700.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0966\/2064\/2587\/files\/20260320_161.jpg?v=1774001270"},{"product_id":"オタクの本-別冊宝島-1989年刊-みんなの教科書屋さん","title":"オタクの本　　別冊宝島　　1989年刊","description":"\u003cp\u003e\u003cspan style=\"text-decoration: underline; color: #ff2a00;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan style=\"vertical-align: inherit;\" dir=\"auto\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e\u003cspan dir=\"auto\" style=\"vertical-align: inherit;\"\u003e店長おすすめ本\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e \u003c\/p\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003e\u003cspan dir=\"auto\"\u003e語られる前に、語り始めた人の記録。\u003c\/span\u003e\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003e\u003cspan dir=\"auto\"\u003e　──「オタク」が名前を持つ前の、最後の次の資料。\u003c\/span\u003e\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cdiv class=\"gs\"\u003e\n\u003cdiv class=\"\"\u003e\n\u003cdiv class=\"ii gt\" id=\":rh\"\u003e\n\u003cdiv class=\"a3s aiL\" id=\":13h\"\u003e\n\u003cdiv id=\"avWBGd-40\"\u003e\n\u003cdiv dir=\"ltr\"\u003e\n\u003cdiv class=\"gs\"\u003e\n\u003cdiv class=\"\"\u003e\n\u003cdiv class=\"ii gt\" id=\":10x\"\u003e\n\u003cdiv class=\"a3s aiL\" id=\":rg\"\u003e\n\u003cdiv id=\"avWBGd-63\"\u003e\n\u003cdiv dir=\"ltr\"\u003e\n\u003cp\u003e\u003cspan\u003e  本書『「おたくの本」別冊宝島』は、「オタク」\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eという言葉が定着する直前、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eまだ自分たちを説明する共通の言語を持たなかった人々の声を、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eそのまま記録した貴重な一次資料です。\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003e後年の理論書や解説書のように整理された視点はなく、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eそこにあるのは、違和感や戸惑い、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003e居場所のなさを抱えた当事者たちの、生の思考の断片です。\u003c\/span\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e高度消費社会の成立により、若者がすぐに「大人」\u003cwbr\u003eになることを求められなくなった時代。\u003cwbr\u003e社会との直接的な接続が見えにくくなるなかで、\u003cwbr\u003e趣味や特定の対象への没入を媒介として、\u003cwbr\u003e自らの身の置き場を探そうとする姿が、後に「オタク」\u003cwbr\u003eと呼ばれる現象として立ち現れていきます。本書は、\u003cwbr\u003eその生成の現場を、\u003cwbr\u003e後知恵で整えることなくそのまま残しています。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e今日ではオタク文化は市場化され、一般化され、\u003cwbr\u003eもはや特別に名指す必要すら薄れつつあります。しかし、\u003cwbr\u003eだからこそ本書が伝える「名づけられる前の揺らぎ」\u003cwbr\u003eは重要だと思います。教科書には載らなかったけれど、\u003cwbr\u003e確かに存在していた時代の空気を読むための一冊として、\u003cwbr\u003e本書は今なお強い意味を持っています。\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cspan\u003e本書には、「オタク」\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eという言葉を初めて用いた中森明夫氏の文章も収録されています。\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003e一見すると、確かに差別的とも受け取れる書き方ですが、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eその文章のなかには、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eオタクという存在に対する愛憎の入り混じった感情も感じられます\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003e。私の実感としても、この当時オタクと呼ばれていた人たちは、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eかなり特殊な人たち、あるいは「気持ち悪い人たち」\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eといったレッテルを貼られていたように思います。たとえば「\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eオタク評論家」\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eとして知られていた宅八郎という人物がいましたが、\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003e彼は当時の社会がイメージしていた「オタクの姿」\u003c\/span\u003e\u003cwbr\u003e\u003cspan\u003eをある意味で体現する存在でもありました。\u003c\/span\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/wbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cdiv data-removefontsize=\"true\" data-originalcomputedfontsize=\"16\"\u003e1980年代という時代の空気を、\u003cwbr\u003eそのまま閉じ込めたような一冊です。  \u003c\/wbr\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003cdiv class=\"adL\"\u003e\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003cdiv class=\"WhmR8e\" data-hash=\"0\" id=\"avWBGd-64\"\u003e\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003cdiv class=\"WhmR8e\" data-hash=\"0\" id=\"avWBGd-41\"\u003e\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"minnanokyoukasyo","offers":[{"title":"良い","offer_id":51858036228379,"sku":null,"price":700.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0966\/2064\/2587\/files\/20260103_5.jpg?v=1769664875"}],"url":"https:\/\/minnanokyoukasyo.myshopify.com\/collections\/special03.oembed","provider":"minnanokyoukasyo","version":"1.0","type":"link"}