こんな夜更けにバナナかよ 渡辺一史 文春文庫 2013年刊
こんな夜更けにバナナかよ 渡辺一史 文春文庫 2013年刊
店長おすすめ本
重度障害者の生の記録――普通であること、自由であること。
本書で描かれているのは、主人公が特別な自由や英雄的な生き方を求めた話ではありません。彼が求めていたのは、ごく「普通のこと」――誰かと対等な関係を結び、生活の中に混じって生きることだったのだと思います。ただ、その普通を手に入れるために、彼は命をかけざるを得なかった。その事実は、私たちが生きている社会の問題と深くつながっています。
この本の大きな価値は、渡辺一史さんというライターが、これ以上ないほど深く彼の生活に入り込み、丁寧に取材を重ねたことによって残された、記録の精緻さにあると思います。理念や主張を外側から語るのではなく、日々のやりとり、人間関係の摩擦、支える側の疲弊や迷いといった、きれいごとでは済まされない現実まで含めて書き留められている。だからこそ本書は、思想書でも運動論でもなく、一人の人間が生きた時間の「記録」として強い説得力を持っています。
病院や施設という管理と保護の世界を経験した彼にとって、自由とは抽象的な理想ではなく、生身の人間と対等な関係を結べているかどうか、という一点にあったのではないでしょうか。制度全般を拒絶したわけではないにせよ、人間関係を制度や金銭で安全に回収してしまうことには、強い抵抗があった。その背景には、社会と断絶された空間で、多くの仲間を見送り続けた体験があったように思われます。
虚構やメディアの世界に救いを見出すことができなかった彼は、自らの命を賭けて生身の人間と関わるという、最も危うく、脆い選択を引き受けました。それは模倣すべき生き方ではありませんが、私たちの社会や生き方に対して、静かで痛烈な問いを投げかけています。
映画化もされていますが、私はやはり本で読むのがいいと思います。この記録が持つ重さや問いは、文字としてじっくり向き合うことで、はじめて伝わってくるものだからです。本書は、彼一人の物語であると同時に、私たち自身が「普通であること」「自由であること」をどう引き受けて生きているのかを、静かに問い返してくる一冊です。
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