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ハンチバック 市川沙央 文春文庫  2023年刊

ハンチバック 市川沙央 文春文庫  2023年刊

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店長おすすめ本

ある女性の歪んだ身体から始まる文学。
女性の身体と欲望をめぐる物語。

この小説は2023年に直木賞を受賞し、大きな話題となりました。

作者の市川沙央さんは難病の当事者作家として注目を集めましたが、本作は単なる当事者の体験記ではなく、身体と社会の関係を鋭く問いかける文学作品です。

障害の捉え方には大きく二つの考え方があります。

一つは、障害は個人の身体に帰属し、治療や努力によって軽減されるべきだとする「医療モデル」。もう一つは、障害は社会の側にある障壁によって生まれるとする「社会モデル」です。

近年は後者の考え方が広く共有されるようになりました。

しかしこの小説は、その二項対立では捉えきれない身体のリアルを露悪的なほどに巧みに描き出します。

主人公は医療的ケアによって命をつなぎ、背骨の湾曲による身体の歪みを抱えながら生活しています。読書すら容易ではない身体の制約の中で、内省的で鬱屈した感情や、時に倫理的とは言えない欲望までが率直に語られます。

特に「妊娠して堕胎したい」という主人公の願望は、多くの読者に衝撃を与えるかもしれません。しかしそこには、奪われてきたものを自分の身体に取り戻したいという根源的な欲望が込められているように感じました。

また本作では、福祉の問題についても考えさせられます。主人公は福祉サービスや経済的支援によって守られている一方で、社会との摩擦や直接的なコミュニケーションの機会を奪われています。「隔離」「保護」「支援」は紙一重であり、関係が福祉サービス化されることで、新たな分離が生まれているように思いました。

私自身、初めて読んだときには、主人公の内面のドロドロとした感情を突然投げつけられたようで、どのように受け止めればよいのか戸惑いました。しかし読み返すことで、この作品が社会に存在する複雑に絡み合った差別、すなわちインターセクショナリティ(交差性)と、そこに根深く存在する健常者優位主義(著者はあえて「力による支配=マチズム」と訳しています)を描いた作品であることが少し理解できたように思います。

巻末には障害者文化論の研究者・荒井裕樹氏と作者との往復書簡も収録されており、作品の問題意識を整理しながら読むことができる構成になっています。

本作は「障害」をテーマにした小説であると同時に、身体と欲望、そして社会の構造を問い直す文学作品としてお勧めします。


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