コレクション: 特集3
本特集「オタク文化論三部作」は、オタク文化を完成された文化として評価するためのものではありません。むしろ、1980年代から90年代にかけて「オタク」と呼ばれた人々が、どのような社会状況のなかで生まれ、どのような形で居場所を見つけ、やがて文化として定着していったのか。その過程を、当時の言葉で書かれた本を通して追体験してみようという試みです。
1980年代、日本社会は高度消費社会へと移行し、家族のあり方や親子関係は大きく変質していきました。
父権を中心とした近代的な家族モデルは揺らぎ、子どもから大人へと移行する通過儀礼も、どこか機能不全のような状態に陥っていきます。
そうした状況のなかで、特定の分野に強い関心と興味をもち深く没頭する人々が社会現象として取り上げられるようになります。
とりわけ、マンガ、アニメ、ゲームといったメディア空間は、若者たちにとって一種の「緊急避難の場」として機能するようになります。
一作目として取り上げる『オタク本』は、まさにその段階――オタク文化がまだ文化として安定する以前の、切実さと不安定さを色濃く帯びた時代を記録した本です。80年代の空気感を読書を通して体験し、「こんなのあった、あった」「80年代って、こんな時代だったんだ」と当時の世界観に浸っていただければ、それだけでも十分に意味があると思います。
続く『Mの世代』が描き出すのは、その「緊急避難」が社会的に可視化される過程です。幼女連続殺人事件を契機として、メディアはオタクという存在を一挙に表舞台へ引きずり出しました。しかし本書が問うているのは、事件の異常性そのものではありません。なぜその時代に、メディア空間へと強く引き寄せられる若者たちが生まれたのか。ここでは、オタク文化と社会構造との関係が、かなり強い形で浮かび上がってきます。
そして三冊目の『定本 物語消費論』は、大塚英志氏による著作です。本書はオタク文化そのものを直接論じるというよりも、「大きな物語」が崩れ去った時代において、人々がどのように物語に関わるようになったのかを考察したものです。たとえばビックリマンチョコのような現象を通して、人々が単なる消費者としてではなく、物語のプレイヤーとして参加するようになった時代の特徴が描かれます。同時に、マーケットの側もまた、大きな世界観や物語を背景とした商品やサービスを作り出していきます。本書もまた、90年代という時代を追体験する感覚で、あまり難しく考えすぎずに読んでみると、自分自身の記憶や体験と重なってくる部分が見えてくるかもしれません。
この三部作を貫いているもう一つの軸は、中森明夫氏と大塚英志氏の関係です。中森氏は「オタク」という言葉を命名した人物として知られていますが、大塚氏は当初からその言葉に強い違和感を示し、それは差別的なニュアンスを含む言葉ではないかと批判しました。このことをきっかけに、二人の距離は一時的に離れていきます。しかし幼女連続殺人事件の後、この問題について改めて向き合うべく、やがて対談という形で再び議論の場に立つことになります。その再会の場となったのが『Mの世代』です。本書では、二人のあいだで非常に熱い議論が交わされており、当時の知的な緊張感も感じ取ることができます。
本三部作は、オタク文化の終着点を示すものではありません。ここで扱っているのは、草創期から定着期へと至るまでの過程です。その後、オタク文化がサブカルチャーの枠を超えて社会全体へ浸透していく流れについては、また別の問いとして残されています。だからこそ、この時期を振り返り、そのルーツを可視化することには大きな意味があります。オタク文化を理解することは、同時代の社会や人間のあり方を理解することにもつながるからです。本特集では、その入口として、この三冊を並べてみました。
50代の私自身、この三冊を読みながら、80年代から90年代という時代を改めて追体験するような感覚を持ちました。もし同じ世代の方が手に取られたら、それぞれの記憶と重ねながら読んでいただけるのではないかと思います。
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定本 物語消費論 大塚英司 2001年刊
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Mの時代 太田出版 1989年刊
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オタクの本 別冊宝島 1989年刊
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